理念とそろばん
「経営者は片手に理念、片手にそろばんを持つべきです!」
先生方とお話をする時、私がよくする言葉です。
開業をされる先生には「夢=医療理念」があると思います。
しかし、開業は事業です。家族をはじめ周辺の人を経済的にも巻き込みます。
数字を経営的視点からきちんと見て、対処していくことが非常に重要になります。
経営は理念だけでもだめですが、そろばんだけでも地域医療として長期的に支持されるにはだめです。
先生の頭の中には「完成したビジョン」が医療理念として浮かんでいるかもしれませんが、 それを明確に言葉として提示していくことが重要です。
スタッフやましてクリニックの中に一度も入ったことが無い患者さんは何も見えてきません。
企業でもあるのですが、ビジョンを明確に提示しないリーダーには人はなかなかついていきません。
全体の絵(ビジョン)を見せる必要があるのです。
全体の絵が見えないのに、スタッフに全部あるかどうかわからないジグソーパズルのピースだけ渡して、「完成してくれ」と いって先生のビジョンが実現化するものでしょうか?
またその絵(ビジョン)はスタッフや地域の患者さん達から共感を得られるものでしょうか。
開業は0からのスタートになります。
まずは魅力的なビジョンをつくっていくことが大事になってきます。
そして「そろばん」です。
世の中には様々な商売がありますが、クリニックに多い倒産のパターンがあるのをご存知ですか?
過大設備投資と放漫経営です。
過大設備投資は開業前に決まることです。
そしてそれは先生の理想を追い求めた結果起きているとも言えます。
患者さんのことを考え、ご自身の追及する医療を追い求めた結果が倒産では本当に悲しく感じます。
放漫経営もきちんとマーケティングや財務を理解し、実行していけば恐れることは何も無いはずです。
診療圏調査でいい数字が出る物件で、開業してあとは行き当たりばったりの場合と、 きちんと数字が見えていてビジョンに向かってご自身の船(クリニック)の舵を取るのでは結果はおのずと変わってくるはずです。
クリニックの財務体質をまずは「そろばん」として理解していただきたいと思っています。
クリニックはご存知のように内装などの工事費用が必要です。診療科目によって違いますが、面積も必要になります。
そのため工事金額はどうしても上がりがちです。
またオリンピックの開催や、消費税率の引き上げなど、色々な要因で建築資材の値段が上がっています。
そのため工事費用は大きくなっています。
そして医療機器。
ひとつひとつの科目によって変わりはしますが、高額な医療機器を購入するため、ここでも投資額が大きくなります。
またクリニックはドクター以外にも看護師、医療事務など専門的な資格や専門的な知識を持った人が必要なため、当然一般的な他の業界より人件費の比率が大きくなってしまいます。
それとは逆に変動費(患者さんが増えれば増えるほど出ていくお金)は、薬を院外処方にすることにより、すごく小さく収まります。
つまり売上げがこの固定費と変動費を超えてしまえば、利益が出るという体質になっています。
この内容を分かりやすく言語化すると、クリニックの財務体質は、多額の投資額の返済や毎月かかる人件費など、固定費が多く、変動費が少ないという体質になっています。
そのため、損益分岐点を突き抜けたら、「売上が10%伸びたら、利益が2倍になった」ということがあり得るような財務体質となっています。
ここをきちんと理解しておかないと、自分の夢を実現すると思いつつ、ご自身のクリニックの損益分岐点をどんどん上げることを無意識にすることになるかもしれません。
この損益分岐点作りが、開業前に決まってしまうとするのであれば、非常に重要なことだと思いませんか。
コンサル担当にもよりますが、機器を多く買ってもらうコンサル担当もいます。
工事にお金をかけてほしいコンサル担当もいます。
いろんなものにお金をかけてもらいたいコンサル担当の方であれば、当然損益分岐点はあがります。
先生の損益分岐点管理に意識が向いているコンサル担当なのかどうなのか。
先生の開業のコストダウンの協力をしてくれるコンサル担当なのか。
そういった方を選んで開業することが必要となります。
ただ、安く開業コンサルしますと言われても実際のその中身を比較しないと、本当に安いかどうか分かりません。
つまり比較にも「そろばん」を入れ込む必要があるのです。
「安くします」と言っても業界の最高値から少し安い程度かもしれません。
平均的な数値から本当に安いのか。
「そろばん」を入れ、ご自身の経営を作り上げるには、比較対象のデータを持っている、もしくはデータを集める努力が必要です。
開業前に入口を間違えば、出口も間違います。
現実、同時期に同じ科目で新規開業し、患者数は変わらないのに、一方は赤字のクリニック、一方は黒字のクリニック。
先生は開業後にどちらの状態になっていたいですか。
それを実現するためには「そろばん」が必要です。
そして開業後、毎年先生のクリニックの決算書が出てきます。
その決算書は先生のお金の使い方が客観的に見えるものです。
ある意味先生がこの一年間で行ってきた経営におけるお金の使い方の健康診断の指標のようなものです。
この決算書が面白いのは、開業された先生ご自身の性格が、このお金の使い方に反映されることです。
人件費が多い先生もいれば、設備投資の比率が高い先生もいます。交際費が多い先生もいらっしゃいます。
お金の使い方に先生の性格が表れます。
そしてその科目の標準的な決算書やその地域の標準的な決算書と比較して、先生の経営されるクリニックの問題点の把握をきちんと「そろばん」的にみていかないと、知らないうちに過大設備投資や、知らないうちに放漫経営になっている可能性があります。
患者さんでもその健康診断の結果にきちんと向き合わずに5年10年経ったら、どうなる可能性があるのか、先生ご自身はものすごくご存じだと思います。
ご自身が経営するクリニックの健康診断書である決算書をポイントだけでもみることができれば、すでに開業し投資額が決まっているのであれば、投資額は変化させることはできないかもしれませんが、放漫経営は回避できるかもしれません。
実際に私(OSC株式会社の小副川)がコンサルするクリニックでは、内科で開業して3~5年は赤字(新型コロナ以降)となる地域でも、初月から黒字が出たり、全国平均8年かかる医療法人化についても開業して1年後に医療法人になっています。
地域によって行政の申請規制があるため、開業後2年目に医療法人化の申請をされる先生も毎年何件も出ています。
これは「そろばん」の部分と「理念」の部分を両方満たしているからだと思っています。
開業前にロジカルに損益分岐点を下げる仕組みを作り、理念に基づいたビジョンを実現する経営を、1つ1つロジカルに経営していく。
非常に大切なことなので、頭の中の置いておいてください。
現実に起こっていることを冷静にみていくと「当たり前のこと」しか起こっていないように私には見えます。
「片手に理念、片手にそろばん」この言葉を覚えて、心にとめていただければと思います。